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海外ニュージーランド・南太平洋諸島の撮影コーディネイター&ライター入谷茂樹…

ご訪問ありがとうございます。ニュージーランド在住のライター&撮影・取材コーディネイターです。NZの不動産免許を保有しながら臼井式レイキ療法も実践中。
趣味は
①トイレ掃除。
②ニュージーランドの
 パワースポット
 ヒーリングスポット探し。
③ニュージーランドの
 スピリチャルな人やサイキックな人に
 会って友達になること。


NZフラワーエッセンス

海外で就職!!ニュージーランドで働く日本人

2008年10月14日 (火)

ニュージーランド在住の日本人



 ニュージーランドで人気のスポーツといえばラグビー、その代表チームが「オールブラックス」である。
 自分もこのラグビー大国に住んでいるため、現役・元を含めて、彼らの取材をすることがちょくちょくある。

 先日、ウチのカミさんが「サッカーの小学生選抜」になった子どもの話をしていた。
 どうも、その小学生選抜のお母さん(日本人)はかなりのスポーツ系の人で、その世界では名前を残している人らしい。この話を主婦友達から聞いたときにウチのカミさんはこう言ったそうだ
 「お母さんのスポーツ万能なDNAが遺伝したんだねー」と。
 しかし、主婦友達からの答えは単なる同意ではなかった。
 「それだけじゃないよ、旦那さんは元オールブラックスだし」
 つまりダブルで運動神経抜群のDNAを受け継ぐ子どもだったらしい。
 選抜にも入るはずである。

 さて、この話をした主婦友達は顔も広く、元オールブラックの選手だった人と結婚した日本人をあと数人は知っているという。
 そこでフト浮かんだのが、
 「オールブラックスの妻たち」
 というインタビューを取ってみたら面白いのでは?というアイディア。
 普段、ニュージーランド人やニュージーランドで活躍している在住日本人のインタビューを取ることが多いが、その配偶者というのもおもしろいのではないだろうか。現役スポーツ選手を支える食生活や、家でのトレーニングなど、スタンダードな切り口から、「どうやったら外国人スポーツ選手と結婚できるか」という、砕けた内容まで、いろいろと聞けることはある。

 時間ができたら、早速、聞いてみようと思う。



 本日もありがとうございました。

2008年8月20日 (水)

ニュージーランドで働く日本語教師

 昨日に引き続いて、以前、お世話になった人からメールをもらった。
 ニュージーランドの公立高校で教師をしている女性で、科目はいまのところ日本語。日本語教師であるが、もう少し教科を広げているという。その高校に取材に行ったときに学校内での取次ぎを色々と手伝ってくれ、それ以来、ちょくちょくメールで現地情報を頂いている。

 今年のニュージーランドはどこも寒いらしく、その人が住んでいるところもやっぱり、「いつもより寒い」と言っていた。ニュージーランドのオリンピック選手が彼女の高校の出身者なので、学校では大騒ぎだったということらしい。ニュージーランドもやはり日本と同じで、オリンピック選手の母校では学校をあげて大応援するらしい。

 このメールで撮影時のことを思い出したが、彼女も長いことこの国にいて、ニュージーランドの永住権もすでに取得している。独身である彼女は、結婚を機に永住権を取ったというパターンではなく、たしか、高校の先生ということで申請、取得となったという話をしていた気がする。日本語教師という職種と公立高校という職場とその学校のニュージーランド内でのエリアという3つの組み合わせがうまくいったのであろう。

 と、思っていたところ友人からメールが届いた。ニュージーランドに来て同じような職種の仕事に就きたいと考えている人がいるので、なにかアドバイスをくれ、とあった。まあ、友人の知り合いということで人物的にもこちらでいちいち気にしなくていいし(まあ、友達にあまり変な人は紹介しないだろうから)、なんともすごいタイミングだったので、そのままこの先生にパスすることにした。
 それにしても、いろいろと面白いタイミングが重なっている。もしかしたらそういう時期なのかもしれない。

 本日もありがとうございました。

2008年3月28日 (金)

ニュージーランドの日本人・森のガイド

ニュージーランドで活躍している日本人の中で、もしかしたら最もニュージーランドらいし仕事をしている一人が、Aさんという女性。
NZ屈指のパワスポである巨木の森のガイドである。
もともと屋久島でガイドをしていたため、屋久スギやその森との類似点や相違点なども熟知している。

自分も一度、一緒に歩かせてもらった。
森には樹齢が2000年、4000年という巨木がある。
大きい。とにかく大きい。
これをただ、見るだけであれば、「あー、大きいなー」となる。

でも、Aさんと一緒だと、「この樹をと屋久スギを比べると」という解説がついてくる。
自分のような凡人には、実はこれがはすごく嬉しい。
屋久スギの成長スピードに比べて、この森の樹は?
周りの環境は?
樹の中って実はこんな風になってるんじゃないかな。
などなど。

もちろん、大きさとか、樹のエネルギーは感じたままを受け止めればいいのだが、
頭で理解するのも面白いし、そこから新しい想像が生まれて、それもおもしろい。

パワースポットは「(そこを訪れる)準備ができた人が呼ばれる」ところ、とも言われている。
ニュージーランドの森に呼ばれている人でそんな日本語の解説が聞きたいと思う人は、是非、このAさんを尋ねてみてはどうだろうか?



本日もありがとうございます。

2007年5月19日 (土)

ニュージーランドの日本人シンクロナイズドスイミングコーチ


シンクロナイズドスイミングはこの国ではまだまだマイナーな部類に入るスポーツである。
しかし、それだけに、まだまだ大きく伸びる要素が秘められている。
そんなニュージーランドでコーチとして選手の育成にあたっている日本人女性がいる。
これは、ニュージーランドへ来て、「ニュージーランドが本場」とか「ニュージーランドでも盛ん」と言われている分野で活躍するのとは、方向性が別な活躍である。
世界でもトップレベルの日本のシンクロ界で育ち、それを海外でもそのまま生かしている。
つまり、日本で積んできた経験や技術を、こちらで発揮するというタイプの活躍である。

日本のレベルの高さを考えると、他のキウイのコーチの彼女に対する期待は大きいはずである。彼女はチームに顔を出したその日から、そのまま指導に入った。「とりあえず今日は挨拶だけしておきましょうか」というものではない。
「プロ」に対しては門戸を大きく開いていて、形式よりも実践に目を向けている。チームにはそんな気概が感じられた。

彼女はニュージーランドへ来て2年目でやっとこのポジションを得たということである。これは、あきらめずに目標に向かっていれば、チャンスが多いニュージーランドでは、やがてそれは手に入れることができるという代表例なのかもしれない。



本日も読んだいただきまして、ありがとうございます。


2007年4月27日 (金)

ニュージーランドの日本人ベビーシッター(オーペア)

 ここのカテゴリーのコンセプトと少し離れるが、今日、たまたま幼稚園に子供を迎えに行ったときに
「今日は日本人の先生がいるわよー」と園長先生に言われた。
 そして紹介されたのがA子さん。
 A子さんと少し話をすると、この幼稚園の先生と言うわけではなかった。

 彼女は日本で幼稚園の先生をしていた。もともと海外に行ったり、住んだりすることに興味があって、それで休職?退職?して、去年の9月にニュージーランドに観光ビザで遊びに来た。ぶらりふらりのNZ周遊旅行を楽しんでいたときに、こちらでは「オーペア」と呼ばれているベビーシッターの仕事があることを知った。早速、チャレンジしてみようとビザを働くことができるワーキングホリディビザに換え、仕事を探した。

 ぶらりふらりのNZ周遊の時に利用していたバックパッカーなどの掲示板を中心に「オーペア募集」の文字を探して、探して、探して・・・・・・・・・
というほどは探さなかったらしい。意外とすぐに見つかった、しかも数件、とのこと。すぐに受話器を握り締めると、英語の拙さか、一件目は残念。でもまだある2軒目、一呼吸置いてから再びダイヤルをプッシュ。
 こちらの熱意が通じたのか「それじゃあ、今日、ウチに見に来ない」となり、見事「オーペア」開始となったようだ。
 「女性の社会進出」という言葉自体が死後のような(とは言ってもちょっと前の新聞では反対のことが載っていたが)感じがするNZでは、女性であろうとガンガン働いている人が多い。
 
 蛇足だがフィルム業界なんて人が仕事しているところに「○○、さっきも言ったのに、何度言えばわかるの」と怒鳴って走りよって来る、ものすごく恐ろしい女性プロデューサーとかもいるし、「○○、また背中が丸まってるわよ、ちゃんと背筋を伸ばさないとだめよ」と母親みたいなことを言う、実際の母親とあまり変わらない年齢のプロダクションマネージャーとかもいるし、よく、運動会なんかで役員とか校長先生が座る席のテントを一人で持ち上げる(もちろんそのままの広さではなく、アコーディオン式にたたまれた形で)ユニットスタッフなんかもいるし。

 まあ、そんなわけで夫婦でとも働きをしている家庭も多い。
 そんな家庭に欠かせないのが「オーペア」(Au−pair)である。内容は炊事、掃除、洗濯、子守り、といったこと。いろいろなことがキッチリできる、キレイにできる、整理整頓が上手ね日本人はこのオーペアとしては人気が高い。

余談
(でも、「アジア人だから」とか「英語が下手だから」ということで少し不当な待遇を受けるんじゃないかと心配しているあたな。あなたが、もしA子さんのように自分で電話をかけて申し込んだのであれば、基本的にそれはありえません。仮に受け入れるホストファミリーがそういった考えを持っているのであれば、あなたと電話をしている段階で、あるいは家に見に来てもらっている段階で、あなたとの契約を断るはずです。そんなオーペア希望者に自分の大事な子供を任せるわけがありません。自信を持って「オーペア」に励んでください。こういったところが自力で探す利点です。ただ、その分、トラブルが起きた場合も自力で解決する必要があります。
A子さんの場合はホストファミリー明日家族と一緒に引越しをするそうで、しかもオークランドから2時間も離れた田舎の町に。家族がいわゆる「ライフスタイル物件」を手に入れ、そこで新生活を送るそうで、そこにA子さんも一緒に来てくれ、となったそうです。)



 基本的にはここでは、ワークビザ、あるいは永住権を持っている人を紹介していこうと思っているのだが、わずか30分足らずの話の途中で、彼女からは近い将来、ここのカテゴリーに登場するな、つまりビザを更に書き換えてステップアップするな、というオーラが感じられた。
 それは、飄々としながらも「絶対にできる」という一貫した信条で行動しているということが言葉の節々に感じられたし、実際に自力でオーペアを探すという行動に出ている。
 自分が今まで取材をしてきたニュージーランドで活躍する日本人の99%が仕事は自力で探している。もちろん努力もしている。ただ、そんな彼(女)達の話を聞いていて、「みんな強い信念というか目標というか、そんな『気持ち』を持っていて、そのパワーがいい人やいい会社やいい仕事を引き寄せているんじゃないかなー」、というミラクルのようなものを感じることが多々あった。A子さんもそんなミラクル持っているような気がしたんだが、初対面でいきなり「あなたミラクル持ってますねー」なんて言ったら変な人だし。

 実は今でもメールを送ってくれる人の中に、そのパワーを感じる瞬間があるのだが、こっちの仕事仲間にこの話をすると「なにワケのわからないこと言ってるんだよ」といわれてしまうんで、言い出せぬままではあるが、、、「私が感じるNZでブレイクしそうな人リスト」を作ってちゃんと統計でも取ろうかと思案中ではあるが。

2007年3月19日 (月)

ニュージーランドの日本人医療通訳

 ニュージーランドで病気や怪我をしたときに病院へ行く。そのときに言葉の面を助けてくれるのが医療通訳者の人たちである。
 この国で病院、ホスピタルに行く場合は予約が必要で、それは通常GPが取り、私達の元にその日時が送られてくる。その確認の電話をするときに「日本語の医療通訳者」をお願いしますと伝えると手配してくれる。(予算はその病棟持ちなのでしぶしぶではあるが)
 
 そこで登場するのは各病院というか、各地域のヘルスボード(意味はちょっと違うが、日本の医師会みたいなものと言えばわかりやすいかも)に登録されている医療通訳者である。
 これまでに、オークランドホスピタル、スターシップ(小児科専門病院)、グリーンレーンホスピタル、ミドルモアホスピタル、ミドルモアホスピタル付属の整形の専門病棟、ノースショアホスピタル、ワイタケレホスピタル、に行った経験がある。一般人にしては病院に行った回数はまあまあ多い方かもしれない、その中で4人の医療通訳者達にお世話になったことがある。基本的には在住暦も人生の暦も、それなりの長さを持っている人たちであった。彼女達(私がお世話になった医療通訳さんたちは全員女性だった)は病院のどこに何があるかも熟知しているため、言葉の面以外にも病院内で水先案内人になってくれている。
 
 ただ、こういったヘルスボードに登録されている医療通訳者達はあまり知られていない場合が多い。私が知っている中では、現地の日本語雑誌で見たことがあるのは一人だけである。個人的にはもっと知られてもいい人達ではないかと思う。と言うのも、旅行者の場合は日本の旅行保険に入っていれば、彼女達のような医療通訳を頼んだとしても費用は保険でカバーされる場合が多い、もちろん保険の種類によるが。在住者の場合は個人的に頼んだ場合は実費にはなるが、私はもしものことを考えて、彼女たちの電話番号は携帯にちゃんとメモリーしてある。

 ロングスティをする年配の人たちが増えているため、これからはニーズが増えることが予想される。しかし普通の通訳者と違って、一朝一夕になれるものではない。「あっ、間違えちゃいました」はありえないだろうし、それなりにシリアスな場面にも出くわすこともあるだろう。それでも、決して途絶えることがあって欲しくないと個人的には思っている職種である。

2007年2月27日 (火)

海外で働く!ニュージーランドで働く!日本人

ここ1週間は基本的にオークランドから動いていない。しかし、PCの前から、そして電話の前から離れられない。リサーチ・リサーチ・下準備、リサーチ・リサーチ・下準備の繰り返しである。
それが済めば、また、このブログにニュージーランドで働く日本人情報をどんどんアップできると思う。今のところ候補としては、セールスパーソン、日本人理学療法士、歯科技工士、保険会社勤務、ジュエリーデザイナー、フィルム監督、アウトドアガイド、医療通訳、テレフォンオペレーター、B&B経営、フラワーデザイナー、ガーデナー、セラピックマッサージ、幼稚園の先生、会計士、ファッションデザイナー、銀行員などの人をはじめ、相当数いる。人材派遣業でもできそうな勢いである。(本当に紹介したこともあったし、、、)
 
現在、いろんな方面で、実力がある日本人たちが入ってきているように感じられる。今後、更に増えるのではないだろうか?実際に私もメールをいただいて、その後にニュージーランドで会い、そして事業のヘルプを手伝ったり、一緒に行ったりもしているが、自分自身にも刺激になる。(個人的に興味があるのは、やはり自分も携わっているメディア関連のことである。こっちの業界の噂話っていうのもかなり面白いし)

まだまだマーケットがこじ開けられるニュージーランドは、「よし、海外で働いてみるかー」と思っている人にとっては、これからが旬かもしれない。

2007年2月20日 (火)

ニュージーランドの日本人救急救命士

 つい最近、またもや「おーっ」と驚くような職種についている日本人と会うことになった。救急救命士である。本人さん曰く、日本で言うところの救急救命士の免許には一歩手前だそうであるが、彼はしっかりと救急センターに通い、通報があれば、救急車に乗り込み現場に向かっている。

 もともと、アウトドア系のことに携わっていたため、ファーストエイドという方面には興味があり、かつ人の役に立てることをしたいという気持ちから始めたという。ニュージーランドにおける日本人の移民の年数は浅いため、国や地域のなかのコミュニティーにまだ、しっかりと根をつけていない。この国に移住、ただ住むだけ、から、住んでいる人の役に立つような仕事に身を投じる人もまだ少ない。そんななか彼はライフワークとして救急隊員の仕事を考えている。
 普段の姿はもの静かであるが、内に秘めた情熱は強く、自分の技術を高めるために、時間が許すときには出動発生件数が多い地域に出向いて経験を積んでいる。

 ニュージーランドの医療の現場では日本人が医師や看護師、助産師として活躍している人がいる。しかし、最前線である救急の現場で活躍しているのは私が知る限りでは彼だけである。
「NZの救急の現場は70%がボランティアで賄われているといいます。ですからいつでも人が足りていない状況にあります。つまり日本人とはいえ、情熱があればどんどん入っていける職場なのです」とのこと。

 今後、第二、第三の日本人救急隊員が出てくる日も遠くないのかもしれない。

2007年1月28日 (日)

ニュージーランドの日本人羊の毛刈り職人

 インタビューを取った相手ではないが、最近、羊の毛刈りを仕事としている男性に会った。ここに私が書くくらいなので、もちろん日本人である。

 もともと日本でも動物に関することを生業としてきた人であるため、多少の興味はあったということであるが、この国に来るまでは「毛刈り」をしてきたわけではない。

 電話帳を開くと「Sheep Shearer」という項目がある。たいていの場合、掲載されているのは派遣会社で、そこに何人ものフリーランスの毛刈り職人たちが登録してあり、毎日、いろいろな牧場に出かけていく。本人曰く「どこの会社に登録するかで、仕事の量や、派遣される場所が決まってくる」らしい。大手であれば自分が住んでいる付近での仕事が主流になるらしいが、そうでない場合はニュージーランド全国を渡り歩くこともあると言う。
 本人はさらっと話してくれていたが、通常は日本人が簡単には入っていけない領域であろう。そのために人一倍の努力をしたと言う。多くの人たちが嫌がる糞尿の処理も自ら進んで行い、「あいつはよく働くヤツだ」と、周りに認めさせてという。
 

 手先が器用という日本人の特性は生かせるの?と聞いたところ、「最初は自分もそう思って、誰よりもキレイな仕上がりができるシェアラーになろうとしていたけど、牧場主はそんなことは考えてないらしく、少々荒くても早く終了した方がお互いにハッピーなんです」と言っていた。

 少し、面白いなーと思ったことは、シェアリングの業界と言うのは平均年齢が低いということ。もちろん70歳ぐらいのシェアラーという人もいるらしいが、若いうちに一気に稼いで、家を建てて、少し早のリタイヤをする人が多いらしい。彼自身も「早めに家を建てたいナー」と言っていた。

 ニュージーランドに住む日本人が増えていると同時に就く職業の数も増えている。今までは、日本人が入りにくかった職種にも、方法や本人の努力などで入って行くチャンスがあるという代表的な例を体現する人なのかもしれない。





 ここからは余談で、しかも、私の個人的な見解なので、必ずしも正しくはないと思うのだが、
 彼のようにニュージーランドで努力している日本人は沢山いる。それでも陽の目を見ないで帰国する場合もある。
 では、違いはどこであろうか?
 彼が、その後、私に言った言葉の中にその答えの一つがあるような気がする。
 「そりゃ、僕だって、どこかしこで努力してきたわけではないですよ。ちゃんと自分を評価してくれる人や、ちゃんと自分を認めてくれる人に対して、努力をしてきたんです。それをしっかりと見極めないと、その努力は単なる時間の無駄になってしまいますから」

 自分がどの人とつながりを持って仕事をすればいいのかをちゃんと判断する。彼はそれを考えて仕事をしてきたのである。
 このことは彼が日本を離れ、海外で暮らし、働いている理由でもある。「自分にとって日本という土壌の畑は合わない。そんな畑にいつまでいても仕方がない。だったら、自分にとって合う土壌を見つけないと、永遠に芽は出てこない」
 こういった気持ちの有無はニュージーランドでの生活を大きく変えるのかもしれない。

2007年1月17日 (水)

ニュージーランドの日本人歯科衛生士

 ニュージーランドに始めてきたのは普通の旅行。そこでNZの自然のとりこになり、以後何度もトレッキングをしに足を運ぶ。そしてついに移住してしまおうと決意。日本で移住のアクションを起こしたのです。
 
 16年続けた歯科衛生士の仕事にニュージーランドでも就くことを視野に入れ、免許のこと、ビザのことに対してリサーチをして、実際の行動に移したのでした。少しアタリが外れた問い合わせや、顔をみないと難しいニュージーランドでの就職活動など、紆余曲折があり、思い立ってから約4年後にNZに入国。日本から事前にアポイントを取っていた歯科医に向かったのですが、条件等が折り合わずに流れてしまいました。
 しかし、絶対に就職しなければ、という思いで、いわゆる「ドア・ノッキング」での就職活動を始めました。日本から送ったCVはメール、郵送、ファックスを合わせて80近く。ここまできたら最後の手段と、ドア・ノッキングを始めたそうです。
 すると、始めて1件目が終わり、次の歯科医へ向かっている最中に携帯のベルが鳴り、見事、就職が決まったのです。

 彼女自身は、日本に比べると、NZでは患者さんの歯の予防に対する関心が非常に高いということを感じているということ。なにより、治療ではなく、定期的な検診を受けに来る人が多いということがそれを証明していると言います。そういった関心が高いだけにしっかりとした説明が要求され、彼女の指導に対しても患者さん自身が積極的に取り組み、質問も多く受けることもあると言います。

 ニュージーランドで日本人が仕事を探すときの基本的なアクションを地道に行った日本人歯科衛生士。彼女の就職活動の方法は多くの人の手本になるような気がします。

2007年1月 9日 (火)

ニュージーランドの日本人テレビ局社員

 以前取材した日本人の中にテレビ局で働いている日本人女性がいました。

 彼女のニュージーランドでの就職活動は新聞を見て広告代理店はもとより、一般企業のマーケティングセクションで募集のあるところに履歴書とカバーレターを全部で30通くらい送ったとのこと。
 書類の選考が通った場合、電話がかかってきてそこで、電話面接。その後、実際の面接になるが、なかなか採用が決まらない。なぜならビザがネックになっていたからだと言います。
「電話面接や、実際の面接で、それまでいい感じで話が進んでいても、自分が学生ビザであることを伝えると、そこで話はストップしていたのです」とのこと。
 それでもあきらめずに、CVを送り、そして面接を受け続けていた。
 
 実際に就職が決まったテレビ局では、最後の最後、雇用契約を結ぶ時点でビザの話が出た。そこで彼女はすかさず「オファーだけくれれば、すぐ(ワークビザが)取れますし、自分で済ませます」と言い切ったところ、相手は「あっ、そう」といった感じでジョブオファーを作ってくれた。
 彼女がオファーしたテレビ局はNZに住んでいてその名前を耳にしたことがない人はいないというほど有名な会社。そういうこともあってか、「これまで、ビザのない人間を採用した経験が会社にはなかったのかもしれません、だからあんなに簡単にジョブオファーの書類を作成することに首を縦に振ってくれたのかもしれません」と彼女。

 いまだに本人自身は採用された理由は不明だそうだが、「物事に臨機応変に対応できるという自分の長所のアピールに加えて、日本人である利点、例えば細かいことが得意であるとか、どんなことでも丁寧にこなすことができるということを面接で強調したのが、功を奏したのではないかとのこと。

 日本語ができることが、まったくアドバンテージにならない「ごく普通のニュージーランド社会」で活躍する日本人女性の代表まもしれません。

2007年1月 5日 (金)

ニュージーランドの日本人CGアニメーター

 ニュージーランドにはアニメーターとして活躍している日本人もいます。彼は大学を卒業後、一般の会社に就職するも、「その単調な生活に、このままでいいのだろうか?」という疑問を持ち、すぐに退社。そして以前から興味があったコンピューターグラフィックスの専門学校に通ったのです。そして卒業時に制作した作品を片手にNZのアニメスタジオに売り込みをかけ、見事、こちらでの採用となりました。
 本人曰く「当時は海外で就職したいという希望を持っていたわけではなく、CGができるところであればどこでも行きますというスタンスだった」とのことです。事実、こちらに来た当初はまったく英語ができず、まずは英語の勉強を兼ねて電話帳ほどのマニュアルを読むことが仕事だったそうです。

 彼の場合はこちらで就職をしている人に多いパターン、ワーホリーワークビザというラインではなく、日本からいきなり、現地のキウイの会社にワークビザを発給してもらっています。これには実は興味深い背景があります。それは時期的にNZで『ロード・オブ・ザ・リング』の撮影が始まったということ。
 そのためピータージャクソン監督が国内のCG技術者を片っ端から雇用。この分野で一気に人材不足が起こりました。そのためニュージーランドのイミギュレーションがコンピューター関係のスキルを持った人には比較的すんなりビザを発給したようです。彼のスタジオも半分は外国人だといいます。
 私は彼に2回、取材をお願いしたのですが、2回目にあったときには既にニュージーランドの永住権を取得していました。そのときも面白いことを話してくれました。(これについてはここではアレなんで、、、)
 これまで彼が関わってきた作品は世界数十カ国で放映されているそうです。NZには世界に向けてクリエイティブな仕事をしている人もいるのです。

2006年12月29日 (金)

ニュージーランドの日本人エアロビクスインストラクター

 学生時代にフィットネスクラブでアルバイトをしていてエアロビクスに出会った彼女。そのまま同じクラブに就職するも、すぐにインストラクターになれるわけではなかった。社員となった彼女はジムのトレーナーやスイミングのコーチ、あるいは受付や総務的な業務など、クラブの運営に携わる内容がほとんどであった。
 そこで一念発起してフリーのエアロビクスインストラクターに転身。自分がやりたかった道へ進み始めた。当時、特に海外で働くという希望があったわけではないが、友人がニュージーランドの地方都市でフィットネスを経営していたため一度そこで働いてみようと思ったからだと話していました。ところが、実際に来てみると、そこは倒産。彼女はニュージーランドにいる目的を失ってしまったのです。

 そんなときに目にしたのがインストラクター募集の新聞広告。早速電話をかけ、面接になったのです。
 日本の場合は通常、一人一人時間をとって審査をされると言います。しかし彼女が受けた審査はいきなり実際のクラスに出し、会員さんにレッスンをするというもの。驚いている時間もなく60分のレッスンを2本行ったと言います。レッスン終了とともに無我夢中であったオーディションも終了。
 着替えのためにロッカーに向かうところでオーナーから「じゃあ来週から来てね」という採用通知ならぬ採用の言葉をかけられたのです。

 順風満々で始まったかのようなNZでのインストラクター生活。ところがクラスを持った直後から、クレームが山のように入ってきたのです。日本ではクラブのマネージャーなどを通して入ってくるクレームもNZではダイレクト。レッスンが終了すると彼女の元に会員さんが駆け寄り、クレームをぶつけてくるのです。
 そのときを振り返った彼女はこう言っていました。
「私のレッスンが簡単だという意見が出るには理由がありました。リズムが早いとか激しい運動をするイコール、レベルが高い、充実したレッスン、という固定概念を持つ会員さんが大勢いたため、私のレッスンでは体を動かしたという充実感を得られる人が少なかったのだと思います。
 私は日本で『運動効果』を徹底的に勉強してきました。ですからそれに基づいてプログラムを組んでレッスンをしました。ゆっくりしたリズムでも十分に脂肪が燃焼できるものであったり、ステップ運動などの台を少し高くすることによってスピードを上げなくても効果があがるといったものです。
 しかし、それを私の説明ではなかなか伝えられませんでした。ちょっとした言葉の言い回し、ニュアンスの違い、何よりもその頃は私と会員さんの間に信頼関係が成立していませんでした」とのこと。
 このあと、自分のスタイルをNZで表現する方法を探して色々なフィットネスクラブを回ったのです。そしてスポーツに対しての考えの違いを彼女なりの視点で見つけだしました。
 こうして地元のキウイたちに溶け込み、所属するフィットネスクラブのサポートでワークビザを取得しました。エアロビクスのインストラクターという仕事は必ずしも日本人である必要がないため、日本人に対して発給されるワークビザの職種としてはめずらしい部分であると思います。しかし、実力と実績があればそれは不可能ではないという一つの例だと言えるのではないでしょうか。

2006年12月14日 (木)

ニュージーランドの日本人ボートビルダー

 NZの職業別電話帳イエローページを開くと「Boat Builder」という欄がある。
 その欄にはボートと造る人とかその会社が掲載されている。私が取材させてもらった日本人の中には、このビルダーが一人いた。

 小さいころから海が好きで、日本で就いた仕事もやはり海に関わる仕事であった。しかし、いつかは自分の手でボートを造ってみたいという思いから、それが実現しやすい海外に出てみることにした。候補地はいろいろあった彼がこの国を選んだのは、ニュージーランドには世界最高峰のヨットレース・アメリカズカップで勝ったという実績があったからである。
 最初は下見で渡航した。偶然にもそのとき「そんなにボートが好きならウチで働いてみる」と言ってくれた会社があった。急いで日本に帰りワーキングホリディのビザを取得。再度、オークランドの土を踏んだ。
 しかし、工場に行ってみると、もぬけの殻。誰もいない、連絡先さえ残っていなかった。ただ、彼は落胆せずに、次の日からボート会社に電話をかけまくった。電話ではラチがあかないと、直接ドアを叩いて「自分はこの国にボートを作りに来た、これをやらなきゃ帰れない、掃除でもいいからやらせてくれ」とアピール。
 しかし、採用してくれる会社は一つもなかった。

 そうしているうちに資金が尽きてきたためレストランでアルバイトを始めた。ところが、時間が経つうちに本来、モノを作ることへの凝り性の性格も手伝ってか、ここで正式に働いて欲しいというオファーを受けることになった。それでもボートビルダーへの道はあきらめられなかった。午前中は面接、午後は厨房という生活を続けた。
 すると、あるボート会社の社長宅を訪れる機会にあった。(とはいうものの本人が作為的に仕込んだのではあるが)そこで社長に直訴。すると「そんなに言うのなら明日から来なさい。でもだめだったら即クビだよ」ということで、見事ボート会社で働く機会を得たのである。
 最初に与えられた仕事は工具の修理だったという。しかし、これはテストだ、という気持ちで取り組んだ。

 その後、回されたセクションでは誰よりも丁寧に、そして早く仕事をすることを心がけた。最初は「どうしてここに東洋人がいるんだ」といった感じであった周りの視線も、だんだん「コイツはスゴイ」という信頼に変わっていった。現在はビルダーチームをまとめる役の一人として、ボートを造っている。

 もちろん、家では自分のボートつくりを着々と進めている。

2006年12月10日 (日)

ニュージーランドの日本人看護士

 ワーキングホリディ中にNZの看護士免許を取得し、実際に病院で働き始めた日本人女性がいました。
 彼女は子供の頃から英語圏の国に住んでみたい、働いてみたいという漠然とした夢があり、日本で看護士になった後もその夢を追い続けていたのです。

 ニュージーランドを選んだ理由は気候や自然環境、治安の良さ、といったことに加えて、日本の看護士資格が同国でも認められているということ。ニュージーランドと日本では教育課程がほぼ同じで免許の書換えが可能だということを知ったからだと言っていました。しかし、そのためにはIELTSという英語テスト(アカデミック)で7ポイントのスコア−が必要。
 日本で働きながら英語の勉強を始めた彼女はワーキングホリディで勉強の仕上げをしようと考えていました。そのため渡航後すぐに、英語学校のIELTS準備コースを受講。しかしたったの4週間。そこでどういう勉強方法をとればいいのかを学ぶためだったのです。
 それからはまったくの独学で勉強を進めます。フラットで1日に最低3〜4時間は机に向かいWritingとReadingの勉強を続ける。本屋でIELTSと書いてあるテキストを片っ端から買い、解いていく、数にして14,5冊。その他、少しでも空いた時間には新聞、雑誌、本を読むようにする。ListeningとSpeakingはキウイとのコミュニケーションの時間を多くとるように、コミュニティーの料理教室や、ワインテイスティング、ヨガの教室に通う。
 その結果、彼女は見事目標のスコアーをクリアーしたのです。

 IELTSの結果を含めた必要書類を集めて、ナーシングカウンシルに提出して1,2週間後。ニュージーランドの看護士免許が彼女の元に送られてきた。そして就職活動。
 日本であれば病院に応募、ということになるが、NZでは自分が希望する病棟や科に直接応募するのが普通だと彼女は言います。面接官はその病棟や科のマネージャーが行い、これまでの経験や志望動機などが聞かれるとのこと。緊張のあまり、1回目にチャレンジした病棟には落ちたものの、2回目で合格。そしてワーキングホリディビザで病院勤務を始めることとなったのです。

2006年12月 8日 (金)

ニュージーランドの日本人パティシエ

 高校卒業と同時にNZへ。現地の友達を作るためには現地の学校へ行こうと、NZで再び高校に入学。卒業後にNZのパティシエコースに進む。在学中に「New Zealand Culinary Fare」という料理大会に出場し、ケーキ部門で2位を獲得。それがきっかけとなり地元の洋菓子店に勤めることになった。
 もともと彼女は海外で働いてみたいという希望があり、本当は中学を卒業したらすぐにでも留学したかったと取材のときは話してくれました。ただ、親御さんが「高校は日本の学校に言ってくれ」と懇願したため、3年後の出発となったようです。

 そんな彼女の場合はビザの取得にいろいろと苦労があったみたいです。学生ビザから就労や永住に切り替えるために紆余曲折があったみたいで、そのために一時、違った職業に身をおくこともあったようで。NZで自分の好きな職業を見つけて、それを仕事につなげるにはこうしたビザの問題も避けては通れない道なのかもしれません。

2006年12月 7日 (木)

ニュージーランドの日本人女性プロデューサー

 この前にも同じ事を書いたと思うのですが、ここのところロケが続いているため、ニュージーランドが夏になってきたという実感がモロに沸いてきました。

 そんなロケなんですが、テレビ、写真、雑誌、そしてCMという風に分けられます。
ニュージーランドの来てテレビ、写真、雑誌、に関してはずっと、コーディネイトし続けていました。そんな私をCMの世界、つまりフィルムの世界に誘ってくれた人がいました。

 彼女はもともと、オークランドに留学。その後日本に戻り外資系の会社で働く。留学時代に友達になったキウイと共にNZでショップを始める。
 とここまでは、よくある?道だったのですが、そんなときに、友人からあるアルバイト頼まれました。それは、NZのテレビの撮影で日本人のエキストラが大勢集まるため、その衣装合わせや、オーディションまた実際の撮影時の通訳と言う内容でした。

 それ以来、「撮影」の世界に入り、NZで撮られた映画「ラストサムライ」では衣装部に入り、数ヶ月の長丁場をこなしていました。
 今では、NZのCMプロダクションの日本マーケットのプロデューサーとして活躍しています。

 そんな彼女の誘いで、私もテレビや写真や雑誌などとはまた違ったフィルムの世界に入りました。
 彼女のすごいところは、いい意味でキウイになっていないところです。
 普通、こちらに長くいると、考え方がキウイになってくる人が多く、日本から撮影に来ている人の中には、見た目は日本人であるにもかかわらず、そのキウイ的な思考とのギャップに辟易してしまう人も多々います。これは本人は気がついていない場合が多いのですが、意外と多いんですよ。
 ところが、彼女の場合は日本としてのアイデンティティをしっかり保って、ニュージーランドと日本との習慣や考え方の違いを、うまく調整しています。実はこれは非常に難しいことなんです。ただ、ココで具体的に書くのはタブーなのでできません。一般的に言われている文化の違いというものです。書いてあるモノを読むのと、仕事の中で実感するのは大きな違いがあり、それには大きな胃潰瘍を伴う場合がありますが、、、

 もともと、私が彼女を取材したことがキッカケで知り合ったわけですが、今改めて、もう一度、何かで記事にしてみたいなー、と思っています。私自身が同じ世界に足を踏み入れている分、今の方が面白いモノがかけるような気がします。

とっ、
こんなことを書いていて思ったのですが、
ちょくちょく私がこれまでに取材した人を紹介しようかなー、と今、思いつきました。
カテゴリーも作ってしまいます、「ニュージーランドで活躍する日本人」と。そしてココだけはブログ風に改行連発するのではなく、普通に書いていきます。50人以上は出せると思います。
興味のある人が限定されてしまうかも知れませんが。
海外で働く日本人、海外で活躍している日本人の一人をニュージーランドからどしどし紹介していきたいなーと思っています。