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海外ニュージーランド・南太平洋諸島の撮影コーディネイター&ライター入谷茂樹…

ご訪問ありがとうございます。ニュージーランド在住のライター&撮影・取材コーディネイターです。NZの不動産免許を保有しながら臼井式レイキ療法も実践中。
趣味は
①トイレ掃除。
②ニュージーランドの
 パワースポット
 ヒーリングスポット探し。
③ニュージーランドの
 スピリチャルな人やサイキックな人に
 会って友達になること。


NZフラワーエッセンス

世界のおもしろ・びっくり情報(ニュージーランド編)

2008年10月 7日 (火)

ニュージーランドの変わった看板

 山道を走っているとき、看板を見つけた。



 とても小さな看板である。
 近寄ってみると、





 そこは文字通り、細く未舗装で、断崖にはガードレールもなく、確かに、緊張感のある道。一見すると、「シルクロード特集」なんかにも出てきそうな道である。



 洒落っ気なのか、本気なのか、設置者の意図は不明な看板だが、恐る恐るハンドルを握る我々を他所に、地元の農家の車は結構なスピードで走り抜けていた。しかも後ろにはトレーラーを引張って。



 本日もありがとうございました。

2008年7月29日 (火)

改正されたニュージーランドのフライフィッシュングのルール

 昨日受け取ったメールの中に「Fish &Game」からのものがあった。
 この団体は漁協と環境庁の業務を兼ねたような組織である。以前、ここのスタッフから聞いた話では、「一応、政府管轄の機関ではあるものの、予算は独立採算。毎年発行する釣りやハンティングのライセンス料金だけが財源で、それゆえ、その中でどうやって生き物と環境を保護していくのかが難しい」という悩みを抱えた団体である。
 個人的に、フライフィッシュング大国のニュージーランドを支えているのは僅かな人数でこの国全土の川と森をカバーしている「Fish & Game」のスタッフのおかげだと思っている。
 昨日のメールには、そんな彼ら、彼女らが、新しく打ち出した「少し急進的な政策」のお知らせが載っていた。

 それが「今年の10月1日より、フェルトソールのウェーディングブーツ全面禁止」である。

 これは川や湖で釣りをするときに履く長靴の底にフェルトが貼り付けてあるモノを使用してはいけない、ゴムとかプラスティック底を使ってくださいということである。現在、多くのエリアが禁漁になっているので事実上は「昨日をもって?」フェルトソールの使用禁止になった感じである。この政策には環境大臣も先週、同意している。
 
 ゴム製やプラスティック製の底に比べて、フェルト底は川底にグリップしやすく、滑りにくい。流れが太いニュージーランドの川では特にありがたみがあるフェルトソールであった。(ちなみに環境庁が管轄しているタウポエリアはこれに該当していない)

 この政策を打ち出した大きな要因の一つに「ディティーモ」も含まれているとのことだ。今、川で一番大きな問題になっている外来種の藻である。ディティーモについては前にちょっと触れたことがあるが、どこに書いたかは忘れてしまったのだが。
 藻だけではない。フェルトの繊維がいろいろな菌を繁殖させてしまう原因になっている。現在では、川Aで使用したウェーダーは強めの洗剤で洗い、天日に干して完全乾燥させなければならない。水分が少しでも残っていると生き残ってしまう菌もあるからだ。ただ、フェルト地は乾燥するにも時間がかかるため、この完全実施は少し難しいのかもしれない。
 おそらく、「ならば、いっそのことフェルト地を全面禁止にしてしまえばいい」というシンプルな発想である。これで釣り人は数百ドルを払って、ウェーダーの買い替えを余儀なくされるし、メーカーや販売店は今後、フェルト地の靴を売ることができなくなる。ただ、数年後も今と同じように釣りができる環境をキープすることにつながる。もちろんこれが全てではないだろうが、一つのファクターは取り除くことができる。


 個人的には今持っているウェーダーは使えなくなってしまうのでお金もかかってくるし、コレまでよりも滑りやすいものを使わなければならなくなってしまうが、今回の政策に従うことは心地よい。むしろ後押ししてくれてありがとうという感じである。

 ただ、縦にも横にも広がっている人が多いこの国で自分に合うサイズを探すのは大変ではあるが、、、


本日もありがとうございました。

2008年7月19日 (土)

ニュージーランドの骨の話

 ついこの間の新聞に「博物館に持ち込まれる骨について」の記事が載っていた。

 人口密度が低いニュージーランドでは、やっぱりまだまだ手つかずの場所が多い。特に私有地ともなれば、実はほとんど人が入ったことがない場所もある。
 そんなこともあってか、たまたま、そんな場所に行ったら「古そうな骨を発見」ということもある。そして、もしかしたら自分は歴史的に重要なものを発見したのではないだろうか?と気になってしまい、「お宝鑑定団」に持ち込むかのようにオークランドの博物館には常に市民から骨が持ち込まれているらしい。その数は2年で80から100件。
 ただ、ほとんどが家畜の骨らしい。
 
 でも、博物館はこうした牛などの骨も保存しているらしい。

 そこで今回、「そんな持ち込みの骨も含めて、博物館が保管している色々なアイテムを公開してしまおう展示会」が開かれている。(骨の展示は骨そのもを見せるというところに価値があるのではなく、その裏話に焦点を当てているとのこと)
「SECRETS REVEALED」〜The Backstage Mysteries of Your Museum〜
さしあたって「秘密を大公開」〜博物館の裏側全部見せます〜
といったところであろう。

 骨だけでなく、丸裸のキウイとか、凍ったオラウータンの赤ちゃんとか、骨董品的なモノなど、普段は倉庫の中に入っているものをご開帳するという企画らしい。博物館スタッフやニュースキャスター、俳優などがセレクトしたアイテムが展示されている。
 ディスプレイの仕方も保管庫風にしたり、覗き穴を作ったりして趣向を凝らしているとのこと。また単に「見せる」だけでなく、スタッフが手にとって説明するコーナーも併設されている。


 そういえば、ついこの間、お世話になっていただい牧場主も言っていた
「たまに牛とか羊なんかが姿を消すこともあるんだ。そういうときは、あまり目に付かないところで死んでいたりもする。前も、僕らがめったに行かない場所で骨だけを見つけたよ。ほらこれ。でもこれは貴重な骨だぞ。ある意味プレミアがつくかもしれない骨だ。だってハリウッド映画の○○で撮影に使われた骨だからね。なんか、骨を使うシーンがあったんだけど、僕が『本物の骨が倉庫の裏に転がってるよ』って言ったら喜んで使っていたよ」
という話しもある。

 この骨も物館に持っていったら面白いかもしれない。



 本日もありがとうございました。

2008年7月 9日 (水)

ニュージーランドの動物保護

先週末にオークランドを少し賑わしたニュースが
「シャチのレスキューミッション」である。


浅瀬で立ち往生していた3.4メーターの子供のシャチを車のトレーラー(トレーラーと言っても荷台みたいなもの)に乗せて陸送して再び海に逃がした、という話である。
環境庁の職員やオークランドの職員を中心に大輸送劇が行われた。
大筋で言うと、日本海で発見されたシャチを、車で運んで太平洋に逃がしたということである。


ニュージーランドではこうした出来事は珍しくない。大きな鯨とか、鯨という名前はついているが見た目はイルカっぽい鯨とかイルカとか、そういった生き物はちょっと海に出れば頻繁に見かけるし、座礁したというニュースも年に何度か目にする。
今回のもその一つである。


こういった出来事があるとニュージーランド人はいつも積極的に関わる人が多いような気がする。先進国ではあるが、自然に近いところで生きているということもあるし、動物保護に関して、あるいは自然保護に関してのニュースはよく取り上げられる。
ちょっと前に話題になった「カタツムリ保護話」もそうである。エネルギー会社が保有している石炭採掘予定地で絶滅危惧種のカタツムリが発見され、企業と保護団体が裁判。環境大臣とエネルギー大臣をも巻き込んで結局「カタツムリを別の場所に手で運ぶ」ということで収まった話である。


今回のシャチの輸送はもしかしたら、そのアクション自体、あまり意味がないのかもしれない。なにしろ日本海で座礁したシャチを車で運んで太平洋に逃がしたという話である。
ただ、こうしたニュースの連続はニュージーランド人、特に子供たちに、自分たちが自然と一緒に生きているということを無意識に刷り込んでいるのかもしれない。そのため積極的に関わる人も多いのかもしれない。
そんな風に見てみると、シャチの輸送も大きな意味があるのかも。

オークランドのシャチの輸送の写真はココからどうぞ。



本日もありがとうございました。

2008年7月 1日 (火)

ニュージーランドの根こそぎ

ニュージーランドはいたるところの自然環境地がある。
すでに開発された後の環境もあれば、手付かずの自然もある。
そういったところに行くと、こういった光景をしばしば見る。






大きな木が倒れているのである。
以前、「NZの木は主根がない」ということを書いたことがある。
マオリの人の言い伝えではNZの森は共生しているため、大きな木であってもアンカーの役割を果たす主根が存在しない。その代わりに森の中の木の根っこが互いに助け合い、立っているという話である。
これについての正否は植物学者に任せるとして、そんな話を思い出す風景である。



大きな根は見えない。
地面に向かって枝が伸びているという感じである。

「根こそぎ」という光景が見られるニュージーランドである。

本日もありがとうございました。

2008年6月29日 (日)

ニュージーランドの少し変わったイベント

今日も牧場で仕事だった。

何度か登場させているこの牧場はとにかく大きい。
前に、自分の家の敷地内に「川があって、滝がある」と書いたが覚えがあるが、
湖もある。しかもその湖は名前もあり、地図にもちゃんと記載されている。



今日はこの湖付近で作業をしていた。

すると、我々以外に誰もいないはずの牧場なのに、人の話声が聞こえてきた。
そちらのほうに目を向けてみると、丘の上から走ってくる人が見えた。



だんだんコチラに近づいてくる




そして、川の中を横切ってくる



フェンスも乗り越える



そして、走り去っていった




最初にも書いたが、ここは私有地である。
牧場主に今のはなんだったのか?と聞いたところ、
「ああ、言い忘れていたけど、今日はこの地元のクラブのクロスカントリーの日だった。ウチはそのコースになっているから」とのことだった。

マラソン大会と同じくらい、クロスカントリーが行われるニュージーランド。野山を走り、川を越える。川と言ってもここのところの雨で、少し増水気味で腰まで水につかる。みんな「冷てー」と言いながらもザバザバ入っていた。
ニュージーランドは今、冬なのに。

人の家の庭をクロスカントリーのコースにしてしまう。
そしてそれを「これは恒例の行事だから」という理由であっさり許可してしまう家人。
こんな気質の人たちに触れられるのもファームスティ?ならではのことかもしれない。

本日もありがとうございました。

2008年3月31日 (月)

ニュージーランドで第二のキウイと呼ばれている?フルーツ

ニュージーランドで第二のキウイと呼ばれているらしい?フルーツがフィジョアである。
調べてみると、フトモモ科の木で、どうもグァバの仲間らしい。
フトモモ科というのはあまり耳にしない科であるが、漢字で書くと蒲桃科。
これと同じ科に属するのはニュージーランドでは知名度が高い「マヌカの木」である。
また、さらには「パイナップルの香りがする」とある。
実際、匂いをかいでみると、確かにパイナップルっぽいといえばそんな感じである。
味の方はあまり癖もなく、なんとなくキウイっぽい。キウイの酸味を全部とってしまったような味である。
ニュージーランドのフィジョア生産者組合のHPによれば、ビタミンCが豊富、低カロリー、ミネラルや繊維質もたくさん含まれていて、健康にもいい、フルーツであるとうたっている。

ちょうど今がこのフィジョアのシーズンで、スーパーやベジタブルショップの店頭にもズラーっと並んでいる。
値段はキロ5ドル前後。NZの中では決して安いフルーツではない。
自分も、季節になると、このフィジョアの恩恵を受けている一人である。
そのまま食べてもおいしい。
スーパーにはジュースがあるが、それもおいしい。(今まで、NZにいる間中、フィジョアジュースを飲み続けるというハマり方をした人も少なくない)
フィジョアゼリーというレシピもNZでは結構、ポピュラーである。

ただ、このフィジョア、少し厄介な木でもある。
ウチの庭にもあるのだが、
実をつけるとこうなり



それを放置するとこうなる。




とにかく拾い集める作業が大変な木である。

まだ、あまり広くは知られていない、NZのフィジョア。
機会があれば、一度、口にしてみてはどうだろうか。


本日もありがとうございます。

2008年3月29日 (土)

ニュージーランドの森の案内人

昨日、Aさんという森の日本人女性ガイドのことを書いたが、その森にはほかにもおもしろい案内人がいる。

一人は、この森を守っている植物学者。
一緒に歩くと、彼の口からは樹や草の話が次から次へと飛び出してくる。
少し前のエントリーでも書いた「二つだったのが一本になる樹」の話。
「一見すると幹というか枝なのに、実は根っこだったという樹」の話、とか。
一応、ウォーキングなので、先に進もうとしても、一本一本説明を聞こうとすると、面白い話がどんどん聞けるので、なかなか前に進めない。
森って、植物って、いろいろな不思議が詰まっているんだーと実感できるマシンガントークである。


もう一人はその森の中に住んでいるマオリのガイド。
最初に話をしたときに「私はローカルのマオリ」だと教えてくれた。
ローカル=地元、であるが、
自分はこの地元と言葉を「この森の辺り一帯の」という意味で捉えていた。
つまり、森の近くの村とか町に住んでいる、ということだと思った。
しかし、実際は、先祖代々この森の中に住んでいる部族、つまり、まさに「地元」という意味のローカルであった。
彼らにしてみれば、森は自分たちの家であり庭である。自分たちは彼らの家にお邪魔するということになる。

森に入る前に、「カラキア」とい森に入る前の挨拶を受けるのだが、住んでいる彼に「ようこそ」と言われたときは、「ああ、本当に今から、この森入らせてもらうんだな」という感覚が理屈ではない部分から込み上げて来る。
マオリのガイドの彼は、なんというか、すごく素朴な人で、観光地などでショーアップされたマオリの伝統儀式に比べると、デフォルメされていない地味な感じの「儀式」を行う。
しかし、確実にその場の空気は変わる。
もちろんこの森は、自然保護区になっていてルート上であれば、誰だって自由に歩くことができる。自分も実際にそれまで何度も遊びに来ている。
だが、この「カラキア」をして入ると、樹々が自分たちに語りかけてくる。写真を撮ろうとすると、不思議なことに光の具合がピッタリと合ってくる。彼のおかげで自分たちと森との会話が成立してくるのである。
彼はまさに、私たちが森とつながりやすいように調整してくれる案内人であり仲人である。

ニュージーランドの森に呼ばれている方。
あなたの望んでいる方向によって、昨日のエントリーのAさんも含めて、この三人の誰かに会えると面白いですよ。

本日もありがとうございます。


2008年3月25日 (火)

ニュージーランドの森がはじまるとき

「ニュージーランドで一番大きなカウリがいる森」とか「ブナの森」とか、
最近はそういった森ばかりを訪れていたので、久しぶりに地元の森に遊びに行った。

いつものように、森に挨拶をして入っていく。
すると、森が語りかけてきた。
「おいおい、久しぶりだな。ここがオマエのホームの森なんだから、忘れてもらっちゃ困るよ」という感じ。

どんどん歩いて奥の方に進んでいく。
するとパチッ、パチッ、パチンッ、と森が話しかけてきたのである。
決して、変な夢を見ているのではない。
普通に音がしていた。もし、自分以外の人間がそこにいたとしても、同じようにその音は聞こえるはずである。声をかけてきたのは、カウリの木である。


カウリの木は枝に雄株と雌株ができる。
コレが雌株。



この受粉した雌株が爆ぜると種が飛び散る。
カウリの新しい生命が始まる瞬間である。

自分はこの瞬間に居合わせたのである。
上からは弾けてバラバラになった雌株のカケラが次々に落ちてくる。
そこに立っているとたまに、竹トンボのようにクルクル回って小さな何かが落ちてくる。
それを追って地面に目をやると、これが落ちている。



カウリの木の種である。
カウリは種の一つ一つに羽がついている。
木の上の部分に枝を巡らせるカウリの木。その高さは通常20メートル、30メートルにもなる。弾けた種はそこから風に乗って広い範囲に飛んでいく。
地面にソフトランディングする。
やがて小さな苗になる。



光を求めて上へ上へと伸びていく。
何年も、何十年も、何百年も、何千年も経って
二千年ぐらい経つとこうなり、



そこから更に二千年経つとこうなる。



たった1センチ足らずの小さなカウリの種が、幹周り16メートルの大樹になる。

今日の森は自分に、そんな新しい巨木が誕生する素晴らしい瞬間を見せてくれた。
しばらくすると、なんとなく甘い香りがしていることに気がついた。その香りを例えるとしたら、ヒノキの樹液に似ていた感じがした。

嬉しくなって30分ほどそこでフワフワした時間を過ごした。
この森に約10年通っていて初めてのことである。

あらためて、住んでいる地元の森が自分にとっては一番繋がっているのかもしれないと感謝する時間でもあった。

本日もありがとうございます。

2008年1月 1日 (火)

世界で一番最初に「日が出づる処」

あけましておめでとうございます。

一応、世界で一番早く太陽が昇る国です、ニュージーランドは。
すぐ横を日付変更線が走っている。
地球にとって「日出づる処」である。

こんな感じ。



オークランドは大晦日から天気がよく、暑いくらい。
夕方くらいから友人宅に集まり年越しの準備、
というか、単に食べて喋るだけ。
12時近くに、「年越しそば」を食べる。という習慣的には日本と変わらない感じの過ごし方だった。
特に、気の合う人たちばかりの集まりだったので、食べて、食べて、食べて、かなり食べていた。
途中、ガイホークスディに余った花火もやりつつ、であった。



こうして無事に?年も明けて、明け方は早速「一仕事」?
大晦日に入った電話で、元旦の朝一から。まだ、日が昇っていないときから車を走らせて現場に直行でした。
ただ、これが意外とテンションが高くなっていたことと、仕事だけじゃない部分もあったので(むしろそっちの方がメイン)かなり気持ちのいい元旦の朝になった。
おかげで初日の出も拝めた。
2008年を包むパワーはgentleで、lovingで、compassionaということらしく、その通りの穏やかな感じの日の出であった。



本日もお読みいただきましてありがとうございます。

2007年12月22日 (土)

ニュージーランドの道路にある箱

いままであまり気にしたことはなかったが、道を歩いていると、よくこんなボックスを見かける。

写真右に写っているものはおそらく配電盤か何かであろう。大きさも大きさであるし。

じゃあ、左側のはなんであろうか?
近くで見るとこんな感じである。

今までこの箱のことを気にしたことは一度もなかった。

ところが、この間、あることで、ずーっと同じ場所(住宅地)にいたことがあった。
そこにやはり、この箱があったのだ。
もちろん、まったく気に留めることもなかった。

ところが、あるとき急に一台の自転車がこの箱の前で止まったのである。
そしてなにやら鍵を取り出して、箱を開けているではないか。
そして中から何か書類の束みたいなものを取り出していた。
自転車に乗っている人のいでたちは真っ赤なシャツに黒のパンツ、そして安全にペダルを踏み続けるためであろう,蛍光色のベストを着用していた。


このよく見かける姿は郵便配達の人である。
つまり、この箱はその地域に届いた郵便物を入れておく役割を果たしているのである。
郵便配達の人は、局で配達物を取り、そして配る。というのではなく、それぞれの地域のこの箱から配達物を取り出し、そして各家庭のポストに配るのである。
そして、ここの箱をずっと観察していると、今度は一台のバンタクシーがやってきて、鍵を開け、中に手紙の束を入れていった。郵便局員ではなく、タクシーの運転手が置いていった。たしかにわざわざ局の人間がここへ出向くのであれば、「局員か配達者か、どちらかが動くか?」だけの違いなので、あまり意味がないかもしれないが、地域をぐるぐる周っているタクシーに委託するのであれば、合理的なのかもしれない。
街の住宅街では自転車で配達していることが多いので、かなり便利なシステムなのかもしれない。

本日もお読みいただきましてありがとうございます。