昨日、Aさんという森の日本人女性ガイドのことを書いたが、その森にはほかにもおもしろい案内人がいる。
一人は、この森を守っている植物学者。
一緒に歩くと、彼の口からは樹や草の話が次から次へと飛び出してくる。
少し前のエントリーでも書いた「二つだったのが一本になる樹」の話。
「一見すると幹というか枝なのに、実は根っこだったという樹」の話、とか。
一応、ウォーキングなので、先に進もうとしても、一本一本説明を聞こうとすると、面白い話がどんどん聞けるので、なかなか前に進めない。
森って、植物って、いろいろな不思議が詰まっているんだーと実感できるマシンガントークである。
もう一人はその森の中に住んでいるマオリのガイド。
最初に話をしたときに「私はローカルのマオリ」だと教えてくれた。
ローカル=地元、であるが、
自分はこの地元と言葉を「この森の辺り一帯の」という意味で捉えていた。
つまり、森の近くの村とか町に住んでいる、ということだと思った。
しかし、実際は、先祖代々この森の中に住んでいる部族、つまり、まさに「地元」という意味のローカルであった。
彼らにしてみれば、森は自分たちの家であり庭である。自分たちは彼らの家にお邪魔するということになる。
森に入る前に、「カラキア」とい森に入る前の挨拶を受けるのだが、住んでいる彼に「ようこそ」と言われたときは、「ああ、本当に今から、この森入らせてもらうんだな」という感覚が理屈ではない部分から込み上げて来る。
マオリのガイドの彼は、なんというか、すごく素朴な人で、観光地などでショーアップされたマオリの伝統儀式に比べると、デフォルメされていない地味な感じの「儀式」を行う。
しかし、確実にその場の空気は変わる。
もちろんこの森は、自然保護区になっていてルート上であれば、誰だって自由に歩くことができる。自分も実際にそれまで何度も遊びに来ている。
だが、この「カラキア」をして入ると、樹々が自分たちに語りかけてくる。写真を撮ろうとすると、不思議なことに光の具合がピッタリと合ってくる。彼のおかげで自分たちと森との会話が成立してくるのである。
彼はまさに、私たちが森とつながりやすいように調整してくれる案内人であり仲人である。
ニュージーランドの森に呼ばれている方。
あなたの望んでいる方向によって、昨日のエントリーのAさんも含めて、この三人の誰かに会えると面白いですよ。
本日もありがとうございます。
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